美味しゅうてやがては苦き「秋刀魚」哉。
え小津安二郎氏「秋刀魚の味」(1962年)です。(「キネ旬」詳細あらすじ)↑↑↑
いえね、やっぱ語り継がれるモノは何かしらそれだけのコトはある。いかに崇高なテーマや社会批判を提示しようと、面白くって初めてそれは大衆に受け入れられる訳で。くどいようですが小津さんも黒澤さんも私自体が年くって来たから開眼したのではない。(と思っている。)
この「秋刀魚の味」だって老いの悲しみがテーマであるのは周知の事実ですが、少なくとも私は初見ではラストの笠智衆さんの悲しみもさほど伝わって来なかった。観ている間は只々引き込まれ、後で晩酌なんざやってると次第にあぁそぅだなぁとしみじみ思案する。で何故かまた観たくなる。繰り返し観てる内に淡々とした「ほのぼの劇場」の裏にある残酷性などがジワリジワリと心のヒダに触れて来る。「秋刀魚の味」はそんな後で効く韓国キムチの様な作品です。
また、小津さんの映画には風景のショット、ローアングル、固定カメラのバスト・アップ、切って捨てる様な端的なセリフ等有名な特徴が色々とある訳ですがその辺はまた、多少は触れますが興味を持たれた方は他所で調べてみて下さい。(!)
想うところ徒然に列記してみる。
まず場面の切り替わり時に挿入される風景のショットが大変美しい。
夜、球場の照明、理髪店のクルクル看板、BARのネオンと料亭「若松」の二階から見える大提灯。
昼、森永ビルのドーム看板、団地に整然と干されたカラフルな布団、冒頭の笠氏が勤める工場の、モクモクと煙を吐く煙突の赤さへ情緒的な美しさがある。この辺りは最近の若い映画スタッフの方もやたらCGやライティングに頼らず参考にされては如何だろか。要は「色数」ではなく「風情」なんですな。
特筆すべきは酒宴のシーンの多さ。
平山(笠智衆氏)河合(中村伸郎氏)堀江(北龍二氏)の同級生トリオ、
とにかくよく呑みます。
燗酒を「どうだい,一つ」なんて差しつ差されつ又は手酌でも引っ切りなしにクイクイ。サッポロ・ビールなんざ酒の内に入らんとばかり勤務中の昼間っから料亭で飲っている。(遅れた堀江が河合のビールに「これ 貰うよ」と手を出しすする様にクピッと一口、「ン、うまい!」なんて描写は左利きの方は頷く筈)
そんなんだから当然、日曜日 河合宅に集合しても陽の高い内から囲碁なんぞ打ちながらジョニ赤を生飲みしたりする。
他にもトリス・バーのトリス、同窓会でのダルマ(サントリー・オールド)、何処ぞのウィスキーのジンジャ割りなどほぼ尺の半分は呑むシーンじゃないかと思ってしまう。ホントに”大丈夫か”ってくらい呑んでます。
この三人、笠智衆氏が主役ですがオレ的には中村伸郎氏がツボ。「生きる」でのイヤミな助役のキャラが強烈だったので今回もソレ系の役かと思ったら意外に友達思いのイイ奴。ただやはり語尾に「〜ね」を付ける語り口はものごっつイヤミでその辺が妙な味わいになっている。
北龍二氏、この人は前妻と死別後 娘と三つしか変らない若い嫁さんをゲットしておるのですがタレ目と口髭がいかにもエロじじいっぽい。”お前が不潔に見える”なんて笠智衆氏に指摘されても”ハハ”なんて笑っていてそれがまたスケベさに拍車をかけている。
他、今はラ−メン屋の彼等の恩師「ヒョウタン」こと東野英治郎氏。同窓会で呑んで食って喋っての場面や卑屈な腰の低さなど、やはりこの人もうまい。再放送の「水戸黄門」でしかこの方を見たことない人は必見。娘役、杉村春子嬢には笑っていいものやら泣くべきやら。
紋切り型だったり、相手の言ったことを反復すると云う一見不自然とも思える独特のセリフが耳に残る。これはもちろん役者さんたちのうまさも加味されてのことですが、聞いている内にそのリズムが不思議と心地よくなって来る。
平山の会社を訪ねる河合。平山の娘・路子への縁談を勧める
前出の料亭「若松」での三人組の会話。今度の同窓会について話している平山「いやあいつだってまだ そんな気はないよ
まだ子供だよ まるで色気がないし・・・」
河合「いやァ あるよ 充分ありますよ あるんだ」
平山「そうかなァ あるかな」
河合「あるある
まァ やってごらんよ 結構やりますよ」
堀江の若妻が来ていることを聞いて平山「お前が出なきゃ おもしろくないよ 出ろよ」
堀江「出ろ出ろ」
河合「やだやだ・・・」← 絶妙です。
河合「ナンダ 細君来るのか」
堀江「アァ 来るんだ」
平山「来るのか」
堀江「アァ 来るんだ 今友達と会ってるんだ あとから来るんだ」
その他一見他愛のないセリフにもツボになりそなものが多い。
父・平山を家で迎える娘・路子(岩下志摩嬢)
旦那・幸一(佐田啓二氏)のゴルフ道楽に説教する奥方・秋子(岡田茉莉子嬢)路子「アラ またお酒くさい」
平山「いやァ 今日はそう呑んどらん」
路子「ホントかなッ」
(別の日の同じシチエィション)
平山「いやァそうは呑んどらん」
路子「呑んでる呑んでる」←コの言い方がカワイイ!
ゴルフクラブを買ってやった旦那への秋子の反逆。秋子「ゴルフなんか よしゃいいのよ よしちゃえ よしちゃえ」
革のハンドバックを買うと云う
平山の元・海軍で部下だった坂本(加東大介氏)のセリフ秋子「割に高いわよ買うわよほんとに買っちゃうから!」
BARの女の子への横柄な言い方とタラレバ話を嬉しそうに目ン玉ヒン剥いて語る加東氏のお顔が可愛いやら恐いやら。坂本(BARの女の子に)「オイ レコードやめろ」
坂本「勝ってたら(アメリカに)艦長、
今頃あなたもわたしもニューヨークだよ ニューヨーク!」
また現在では使われなくなった言葉もチラホラ聞くことができる。
「おいくたり」や「つつっぽ」などは私は初めて耳にしたし、ラーメンのことは「チャンソバ」、人を見送る時の「ごめん下さい」、「どうぞ幾重にも」などと言う習慣も今では無いだろう。平山と息子の幸一は何かを否定する時「まァ いいよ」を多用しているがこれは時代の言葉ではなく、単に親の口癖が息子に移っただけだと念われる。
昭和(戦後の高度成長期)と言う時代へのノスタルジーは結局その多くが「モノ」を通して感じられる事が多い筈で、そう云った視点からこの映画を見た場合確かに、料亭のビール瓶の「受け」やらヒョウタンの店の割り箸が突っ込んである「味の素」の空缶やら懐かしさを感じさせるモノを発見することは出来る。
が、多少時代が違っているとは云え、昨今の某癒し系ノスタルジック全開映画と決定的に違うのは、小津さんは当時決して日本的な庶民の生活を描こうとしたのではなかった点にある。(a)
アメリカに多大な憧れを持っていた彼は全てにハイカラを好んだ。この作品に登場する小物を注意して見てみてもそれは如実に現れている。台所に置かれたケミカル品、サイドボードの中、タンスの上の箱等至る所にアルファベットが氾濫している。トリスバーも冷蔵庫もマクレガーのゴルフクラブも当時は最先端だったのである。アメリカに憧れ これからもっと良い暮らしを目指そう,と云うある種の物欲意識に溢れているが、それ故に古さを感じさせないのも事実。よってその手のノスタルジーや、昭和の人間関係に多大な幻想を抱いている方は拍子抜けするかも知れません。(イヤ正直言って私自身、「昭和」と云う時代の文化や「モノ」は人一倍好きなのですが。)
主題であろう老人の孤独。
店で艦長・平山と坂本を見送った後のヒョウタンの落胆。
「この教え子に比べて今の俺は・・・」と肩を落とす。
一方娘を嫁に出した平山にも孤独の影が容赦なく襲って来る。
嫁ぐ日の慣用句、娘の「長い間お世話に・・・」の言葉さへ遮ったのは
娘への優しさなのかそれとも自ら耳を塞いだのか。
それまでは友人達とも仲良くやり、かくしゃくと人生を楽しんでいたかに見えた平山だが披露宴の晩、河井宅で夫人を相手に”女の子はつまらん、育て甲斐がない”と愚痴る。この辺りから笠智衆氏が、私の世代では馴染みの深い「寅さん」での年老いた御前様然と見えて来る。エンディングまでのこのくだりは繰り返し、見返すごとに悲愴感が増して来て遣る瀬ない。がまた観てしまう。哀しいエンディングでも後味の悪い某宗教サスペンスなんぞとは格が違うのである。
作中、途切れなく流れる穏やかな音楽も秀逸。
笠智衆氏の語り口、「大丈夫かにィ」「良かったにィ」はマイブームとなりつつある。また劇中一番のお気に入りはと云うと、志麻タンでも茉莉子タンでもなく(お二人とも大変美しいのですが)冒頭、笠智衆氏のデスクに書類を届ける事務員・浅茅しのぶ嬢である。しかしこの時代の女優さんて、傍役でも艶と上品さを兼ね備えた女性が多い。素晴しい。
先ずは御覧を! レンタル後、わしゃDVD買いましたぞい!
(a)=★鈴木 創さんのHP「20世紀ポピュラー音楽&映画史」参照しました。
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