ハードボイルド式退職。

その日の朝、社長が皆に私の退職を告げた。
私はそれ等を半ば緊張しその反面、他人事の様に聞いていた。
集団からはむせび泣く声は聴こえて来なかったが 親指を突き立てて、歓喜の声を上げる者もいなかった。私は到って平凡な、人畜無害な男なのである。
私は前に出て、高々と上げたマイクをステージに置く様な真似こそしなかったが
正直な感謝の意を口にし その後会社は通常通り機能し始めた。
私は職場の整理をし、個人ごとに挨拶をして回り(または回られ)午前中の大半を過した。
何人かが”寂しくなります”と言い私がまた近い内の再会の言葉を繰り返す。
撤退準備中の私のそばを、別の課の課長が通り掛り、言った。
「今日は何時迄なのだ?」
「ご存知の通り、我が社の退社時間は17時ですが
私は午前中で上がるつもりです。」
「君の上司は了解済みなのかな?」 私が言った、「半ば,多分。」
「職責を全うするつもりはないのかね?」
「命令不服従。私の一番の取り柄です。」
彼は頭を振りながらその場を立ち去った。
昼になり、私は会社の門を出た。
相変わらず花束を胸に抱えて泣きじゃくりながら追いかけて来る娘は見当たらない。芝居掛っているのは判っているが、誰もいない門に向って軽く頭を下げた。
私にとって、ここがどんな会社だったかは問題ではなかった。
私がここでどんな仕事をしたかが問題なのだ。
車に乗込み、再び門の前を通り掛ると総務の女性が私が今押したばかりのタイムカードを持って立っていた。
私が言った、「何か不備でも?」
「いえ、見送らせていただきたくて。」
「ありがとう。元気で。」
私はさよならは言わなかった。
イギリス情報部兵器庫の爺さんの最後の教訓は
「いつも逃げ道を用意しておくこと」だった。
私はまだ逃げ道が整っていない。わずかの間死ぬ余裕もないのである。
彼女と会話しながら既に頭の中では、昼食べるつもりだった冷蔵庫にある既製品のナポリタン・スパの賞味期限が気になっていた。
興味深い。難局に際して”ナポリタン”とはまったく持って興味深い。
私は拭き切る様にハンドルを切った・・・。
お顔の知れた皆様へ・・・これは「ネタ」でありギャグであり、風刺を欠いたパロディに過ぎません。その辺 よろしく。
| 酔いどれの誇り日記 | 18:40 | comments:4 | trackbacks:0 | TOP↑


