
自宅のアパートメントの入口は街の中心部とその彼方にある内港に面していてその海風が、絶えず街の喧噪を運んで来る。車の騒音、人々のざわめきと云った具体的な音ではないが都市特有の言ってみれば、人々が生きている証の様な空気をこちら側に運んで来る。
その日の午後、私はアップルのコンピュータが置いてある机の前で、ウィリアム・ディールの古いハードカヴァーを読み返していた。
入口とは正反対にある部屋の窓からは小さな裏山の山頂にある、杉の木群が見える。それらが今では春の柔らかな風になびき、心地良い葉音を立てている。
玄関のドアは閉まっており、街の騒音はほとんど入って来ない。
”ヘンリー・D・ソーロー都会(まち)へ行く”だ。
小説の主人公が降格させられる場面で携帯電話が鳴った。
「こちらはアトランタ市警・風紀課」
「何処に居るんだ?」古い友人からだった。
「会社を訪ねたら、受付にいたディズニーのひよこみたいな女の子が”彼は辞めました”と言った」
「トゥイーティー」 私が言った、「それにあれはワーナーのキャラクタだ。」
「そんな事はどうでもいい」彼が少し咳き込みながら言った。
「何があったのだ?」
「最初は上司に呼ばれたんだ。そうしたら彼が”お前は今日から風紀課に格下げだ”と云う。そこでおれは目に涙を浮かべて土下座をして・・・」
「お前がくだらない小説好きなのは前から知っている。しかしよく聞くんだ。
お前、たった今 昔馴染みの友達を一人、無くそうとしているんだぞ」
私が言った、「わかったよ。降参だ」
話した。
話し終わるまで、彼はほとんど口を出さずに聞いていた。
「で、どうする気だ?」彼が言った、「おれに何か出来ること、ないのか?」
「今の所、ない,と思う」
「お前は別として、学生の頃おれ達は皆、亡くなったお前の親父さんとお袋さんには随分、世話になった。おれはお前がわびしい独り身の、しかも無職の中年ゴロになるのを黙って見ていて、二人を泣かせる様なことは断じて出来ない。」
「判ってるよ。だが本当に大丈夫だ」
机の上のコーヒー・カッブの飲み口が茶色く乾きかけている。
「奥方、元気か?」私が言った。
「別れた」三秒程の間があり彼が言った、「出て行ったんだ」
私達はしばらく何も言わず黙っていた。
「近々 一杯飲ろう」私が言った。
「おれはこんなことで傷口を舐め合いたくない」
「そうじゃない。フォークナーの言う”女、少年、子供たちでなく、狩人たちだけが飲むあの褐色の酒”だよ」
「・・・・・そうだな」彼が言った、「おれは、独りでやって行ける,と思うか?」
「なんだ、お前さんがおれを励ましてくれるんじゃなかったのか?」私が言った。
「すっかり忘れてたよ」
「そんな気がしてたんだ」私が言った、「”負け犬クラブへようこそ”だな」
電話の向うの彼の笑顔が見えた。
「お前はまったく、昔から口の減らない野郎だったよ」
彼が電話を切った。
「中年ゴロ?」私は声に出して言った。
そして冷たくなったコーヒーを飲み干した。
お顔の知れた皆様へ・・・これは「ネタ」でありギャグであり、風刺を欠いたパロディに過ぎません。